大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)2524号 判決 1976年1月29日
原告(反訴被告)
宮田音次郎
原告(反訴被告)
宮田政子
右両名訴訟代理人
朝山善成
被告(反訴原告)
日本国有鉄道
右代表者総裁
藤井松太郎
右被告(反訴原告)代理人
清水勲
外一名
主文
原告(反訴被告)らの請求を棄却する。
反訴被告(原告)らは、反訴原告(被告)に対し、それぞれ金一一、八三〇円ずつおよびこれに対する昭和四八年四月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、本訴および反訴を通じ原告(反訴被告)らの負担とする。
この判決は反訴原告(被告)勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
第一事故の発生
本訴および反訴請求原因各一の事実は当事者間に争いがない。
第二責任原因
一被告の土地の工作物の瑕疵責任
(一) <証拠>を総合すると、次の事実が認められ、この事実認定を覆すに足りる証拠はない。
1、本件事故現場は南北に走る国鉄奈良線の軌道と東西に走る幅員約1.7メートルの未舗装の無名道路とがほぼ直角に近い形で交差する、国鉄新田駅と同宇治駅間にある通称桐生谷踏切と呼ばれる踏切道内で、該踏切道の長さは約七メートルであること
2、右踏切道においては、車輻1.3メートル未満の自動車耕うん機以外の車両の通行を禁止するいわゆるB規制と称する交通規制が行われていること3、右軌道(線路)は、右踏切道南側は約一〇〇メートルに亘つて両側とも小高い山にかこまれ、かつ、右踏切道の約二〇〇メートル南方でやや西にカーブしているが、同踏切道の東側溝から1.2メートル手前の地点から南方への見通し距離は約一五〇メートルはあること
4、通行者にとつて、右踏切道の東側溝から1.2メートル手前の右地点(後記踏切注意柵附近)では通過列車による危険はないこと、および通行者が右約一五〇メートルの距離に列車を発見してから右踏切道を横断しても、列車が到達するまでに渡り切れるだけの時間的余裕のあること、なお、右の見通しの範囲は附近の雑草の生育によつてそれほど左右されないこと
5、国鉄奈良線の線路種別はいわゆる乙種線区でかつ単線であり、右踏切道における事故当時の一日あたりの鉄道交通量は五六、同道路交通量はほぼ一、〇〇〇と推定されていること(右の数字については後記「踏切道の保安設備に関する省令」参照)
6、被告の踏切保安設備の設置に関する法規は「鉄道営業法」に基づく「日本国有鉄道建設規程」と「踏切道改良促進法」に基づく「踏切道の保安設備の整備に関する省令」、これらの法令に基づく被告の定める「踏切設備設置及び取扱基準規程」であるが、本件事故当時も現在も、右踏切道は、右「踏切道の保安設備の整備に関する省令」に定める踏切警報機、遮断機等を設置すべき場合に該らず、ことにその道路交通量は踏切警報機を設置すべき道路交通量の基準値五、八〇〇を大巾に下廻る前記のとおりほぼ一、〇〇〇の数値であること
7、右踏切道は右「踏切設備設置及び取扱基準規程」によれば、いわゆる四種踏切道で、右種の踏切道には踏切通行者に踏切道の存在を表示する標識や柵である踏切標識又は踏切注意柵のいずれかの設備を設けるべきこととなつているところ、本件事故当時、右踏切道の東側入口には黒と黄色の斜線縞模様を塗布した踏切注意柵が両側に設けられていた。そして、右側には白地に赤で「とまれ」と大書した標識が、左側には白地に黒で「線路で遊ぶなふみきり注意(但し注意という文字のみ赤字)」の標識が設置されており、右法規の要請を満たしていたこと
8、更に、被告は、本件踏切道を列車が通過する際、事故防止のためその接近を踏切道通行者に知らせるべく汽笛の吹鳴を必要と認め、南から北へ向かう列車には現場の手前約一〇〇ないし一五〇メートルの地点で列車運転士に対しこれを吹鳴するよう指導していること
9、本件現場附近は、都会地を離れた閑静な住宅地であり(現場附近は新田附近にあると思われる警報器音がかすかに聞こえ、同駅を発車する際のものと思われる汽笛吹鳴音は勿論、前記のとおり現場から約一〇〇ないし一五〇メートル南方で吹鳴されるものと思われる注意汽笛も大きく明瞭に聞こえる)、本件踏切道は昭和三六年六月一日に開設されて以来、本件事故まで一一年九か月の間死傷事故は一件も発生していないこと
10、なおその他に、被告は限られた予算に甘んじ踏切道の安全についてその対策を放置しこれを拱手傍観していたわけではなく、長年月にわたり今日まで踏切道の統廃合、立体交差化、保安設備の整備、部外関係者との連携およびP・R、踏切防護協力員制度の拡充等可能な限りの企業努力をして来たこと
(二) 踏切道における軌道施設に保安設備を欠くことをもつて、工作物としての軌道施設の設置に瑕疵があるというべきか否かは、当該踏切道における見通しの良否、交通量、列車回数等の具体的状況を基礎として、列車運行の確保と道路交通の安全とを調整すべき踏切道設置の趣旨を充たすに足りる状況にあるかどうかという観点から定められなければならない。そして、保安設備を欠くことにより、その踏切道における列車運行の確保と道路交通の安全との調整が全うされず、列車と横断しようとする人車との接触による事故を生ずる危険が少くない状況にあるとすれば、踏切道における軌道施設として本来具えるべき設備を欠き、踏切道としての機能が果されていないものというべきであるから、かかる軌道設備には瑕疵があるものといわなければならないところ、これを本件についてみてみるに、前記法規の定める保安設備設置基準によれば、本件踏切道には踏切警報機遮断機等の保安設備を要しないとの一事をもつて直ちに右瑕疵がないものといえないことはいうまでもないが、前記認定の諸事情のもとにおいては、本件踏切道は、前記の踏切注意柵、標識が設置されている以上、列車運行の確保と道路交通の安全との調整という踏切道としての本来の機能を全うしているものというべく、しかも、本件踏切道付近においては、その南方約一〇〇ないし一五〇メートルの地点で列車の吹鳴する注意汽笛、その轟音も明瞭に聞きうるのであるから、通行者において列車通過につき通常の注意を払いさえすれば、事故の発生は十分に防止することができるのであつて、右踏切注意柵、標識設置以上に原告ら主張のごとき踏切警報機、遮断機等の保安設備の設置までもしなければならないものではないというべきであり、したがつて、土地の工作物である本件踏切道における軌道施設に瑕疵があるものと認めることはできない。
よつて、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
二被害者の一般不法行為責任
<証拠>を総合すると、
1、被害者は、事故発生前に西から東に本件踏切道を歩行して横断し、そこから東方約六〇メートルの三差路に至り、同所に停車してあつた事故車(2)の単車に乗つてこれを発進させ、今度はもと来た道を東から西に戻つて右踏切道に差しかかつたが、その進入直前一旦停止して左右の安全を確認すべきであるのにこれをすることなく、漫然そのまま走行して事故(1)の気道車に事故車(2)の単車を衝突させたこと
2、他方訴外田村豊一は、事故車(1)の気動車を運転して新田駅を発車し宇治駅に向かい、途中本件踏切道の手前約一〇〇ないし一五〇メートルの地点で注意汽笛を吹鳴しながら南から北へ時速約五五ないし六〇キロメートルで右踏切道に差しかかつたところ、前方約二〇メートルに事故車(2)の単車が本件踏切道に進入してくるのを発見し、直ちに汽笛を吹鳴するとともに急制動の措置を採つたが間にあわず本件事故が生じたこと
3 被害者は事故当時満一五才の中学三年生であり、同人が単車の運転免許が取得できる年令は満一六才であるから、同人は、事故車(2)の単車を無資格で運転していた(同人が事故当時満一五才の中学三年生であり、事故車(2)の単車を無資格で運転していたことは当事者間に争いがない)のであること、害者は現場近くに居住し、本件踏切道の存在は認識していたこと
以上の事実が認めらる。<証拠判断略>。
この事実と前記事実とによれば、被害者が本件踏切道の直前で一旦停止し左右を注視して通行の安全性を確認していれば(列車の通過に気をつけてさえおれば、本件踏切道の相当手前からでも事故車(1)の接近する轟音や吹鳴する汽笛によりその到来を十分認識することができたのである)、本件事故の発生を未然に防止できたというべきであり、結局本件事故は、被害者の過失により惹起されたものといわなければならず、事故車(1)の気動車の運転士田村に何らかの過失があつたことを認める証拠はなく、また、本件踏切道における軌道設備に瑕疵の認められないことは前記のとおりである。
そうだとすると、原告らは、本件事故により被告が被つた損害を全部賠償する責任がある。
第三被告の損害
一修理費
<証拠>によれば、反訴請求原因三の1の事実が認められる。
二義務の承継
反訴請求原因三の2の事実は当事間に者争いがない。
第四結論
よつて、原告(反訴被告)らの被告(反訴原告)に対する本訴請求は失当であるからこれを棄却し、反訴原告(被告)が反訴被告(原告)らに対し、前記事故車(1)の気動車の損害の賠償として反訴被告(原告)らそれぞれに一一、八三〇円ずつの支払およびこれに対する本件事故発生後である昭和四八年四月一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める反訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(鈴木弘 丹羽日出夫 山崎宏)